小さな命たちの命綱 (3) クリーブランド・クリニック小児病院小児心臓科
クリーブランド・クリニックは、なんとか心臓を取りに行くためのプライベートジェットを調達することに成功した。心臓専門看護師でありMee医師のシニアアシスタントを務めるマイクが、左胸にクリーブランド・クリニックの記章がついた緑の防寒用ジャケットを羽織り、雪の嵐の中へと飛び出した。アンドリューのための移植用心臓を入れる真っ赤なアイスボックスを持って。マイクはこの日、朝8時から手術室にいた。そして夜10時を廻ろうとしている今、輸送機に乗り込み、大吹雪の中、南へ外科医モガ医師 (Dr. Frank Moga) と共に飛ぼうとしていた。多分往復6時間は優にかかるであろう。
アンドリューの両親は、ラウンジで窓外の天候を見守っていた。ちょっと前まで稲妻が空を割るように走り、不気味な光が大雪の夜を照らしていたのに、なぜか、雪も降り止んだようである。アンドリューの母親は、息子への新たな心臓が神からの贈り物に思えて仕方がなかった。そして自分の小さな息子のために一丸となり大吹雪の中、飛び出していったクリーブランド・クリニックのスタッフのことを思い、涙が出た。クリーブランド地域の空港のみでなく隣接した2つの州の全ての空港が閉鎖していたが、悪天候からの回復により、なんとかクリーブランド・クリニック輸送チームが離陸できるに十分な環境になり、輸送機はアンドリューの命の綱を取りに、飛び立つことが出来た。
移植プログラムのヘッドであるキチュック医師は翌朝、状況を把握するために、又、クリスティーナの両親と話をするために、いつもより早くにオフィスに出勤した。奇跡的にクリスティーナは一晩で随分回復したのだった。殆どのスタッフがクリスティーナの死を避けられないものと覚悟していたが、死はすっかり遠のいた。クリスティーナに投与された抗生物質が明らかに効き、なんらかの感染が引き起こしていた危険な低血圧状態から改善に向かったのである。
しかし、クリスティーナの両親は、別の赤ちゃん、しかも、クリスティーナより特段、大きいとも言えない、たった一日前に病院に到着したばかりの赤ちゃんが、心臓を受け取ることになった、ということを既に聞いて知っていた。ある看護師はこのことに関して怒りをあらわにしていた。いったい何が起こっているのか? そもそもその移植用の心臓はクリスティーナのものではなかったのか? その看護師の言葉は、クリスティーナの両親にいたずらに混乱と悲しみを与えてしまった。 (後で、クリスティーナの担当医師であるドラモンド ウエッブ医師は、クリスティーナの両親にX線を使って、その移植用の心臓がクリスティーナには大きすぎたことを丁寧に説明し、両親は納得した。)
朝6時、Mee医師は既に手術室に到着していた。一旦家に戻り、一時間の仮眠を取った。活力は少々休んだことですっかり回復した。ドラモンド ウエッブ医師がアンドリューの心臓移植の首位外科医の役割を担い手術を先導し、Mee医師は手伝うことになった。丁度、電話が外科医モガ医師から入り、輸送機が無事到着し、心臓は病院に向かっているという。病院に向かうサイレンを鳴り響かせて走る救急車の運転手が、雪で埋まっている道をあまりに飛ばすので、モガ医師は救急車が事故を起こしはしないかと、心配になったくらいだ。
午前7時半、手術室への自動開閉ドアが開く音がした。モガ医師が腰をかがめ、静かに、真っ赤なアイスボックスを手術室の入り口へ差し出した。 “美しい完璧な心臓だよ” と彼は言い、自動開閉ドアは又、閉まった。心臓は無菌状態の溶液に浸されプラスチックバックの中にあった。プラスチックバックはアイスボックスの中に解けかかった氷水の中に納まっていた。
新しい心臓を手に入れた手術室では、ドラモンド ウエッブ医師がまずアンドリューの古い心臓を止め、取り出した。膨張し原型が損なわれた心臓が、数え切れない焼灼法手術によってどす黒くなった軟骨によって覆われていた。ドラモンド ウエッブ医師は外科手術補助看護師に以前の心臓を手渡し、看護師は無菌のタオルの上に置き、氷水をかけた。タオルの上に置かれた生きることに無関係になった心臓は何回か伸縮運動、鼓動を繰り返していたが、しばらくして永久に活動を停止した。
アンドリューの新しい心臓はMee医師の目の前の緑のタオルの上に置かれていた。ドラモンド ウエッブ医師は、最初に、新しい心臓の裏を接続するために、アンドリューの胸部に最初の一針を入れた。心臓は薄い綺麗なピンク色をしていた。滑らかで、光沢があった。サイズとしては、大き目のプラム(西洋すもも)くらいの大きさであった。ドラモンド ウエッブ医師は、アンドリューの胸部に更に何針か進め、そして、心臓をアンドリューの空っぽの胸部の空洞に心臓を転がすように滑り込ませた。まるで、池に魚を戻してやるように、、、。更に縫合し、30分が経過し、ラモンド ウエッブ医師は、アンドリューの血液を再び温めるように指示をした。(27度で冷蔵されていた)そして、冠状動脈へ血流が廻るようにクロスクランプ(留め金)をはずした。もし全てが順調にいけば、心臓の鼓動が始まるはずである。
心臓を提供してくれた赤ちゃんから心臓を取り出してからまさに4時間21分後、ドラモンド ウエッブ医師はアンドリューのクロスクランプ(留め具)をはずした。血液が心筋に流れ込み、どっと色づき、すぐに鼓動を始めた。Roger Mee医師が心臓移植に携わって既に12年が経つ。しかし、今だにこの瞬間を見る度に、 “なんて凄いんだろう” と感動がこみ上げてくるのだ。心臓移植自体は、小児心臓外科医にとって最も難しい手術ではない。しかし心臓移植が、人間、人生に与えるこの驚異的な力強い力は何にも変えがたいものだ。 “なんてすばらしいのだろう。健康な心臓の鼓動は、、、、、” Mee医師は繰り返し、つぶやいた。
アンドリューは幸運な赤ちゃんだ。アンドリューと両親は、彼らが感じている幸せを手に入れたくても入れられなかった赤ちゃんとその両親からの幸せという名の贈り物をもらったのである。
心臓移植から2年以上経った今、アンドリューは元気に暮らしている。今年 (2004年) の7月で4歳になった。アンドリューが、今日生きているのは、クリスティーナ・ホフマンのお陰でもある。
ありがたいことに彼女も命、人生を勝ち取った。クリスマスまでほぼ2週間という12月のある晩、クリーブランド・クニック小児病院小児心臓外科集中治療室 (ICU) 医局勤務の医師、スティーブ デイビス医師 (Steve Davis) はICUの受付に座っていた。丁度、6時25分を廻った時、心臓科主任看護師のシャレル・マレックが、白いカードを手渡しに来た。白いカード、、、、、心臓移植提供者の情報が書かれたカードなのである。“Roger (Mee医師) には、ポケットベルで既に呼び出し中よ。” 彼女は言った。 “とにかく彼がやってくれると言ってくれるまで私は何も言えないわ。”
ドラモンド ウエッブ医師は一週間の休みを取っていた。つまりMee医師が唯一の外科医ということになる。既にMee医師はその日3件の手術を執刀していた。そして、次の日は更に多くの手術が待っていたし、その後も彼のスケジュールはびっしりだった。その上、Mee医師の体調は風邪で万全ではなかったため、次の日の厳しいスケジュールに備えて、家路に急ぎ、極寒のこの夜をベッドで風邪を吹き飛ばそうとしているはずだ。しかしながら6時30分にポケットベルの呼び出しに答え、心臓科主任看護師のシャレル・マレックの “心臓が出てきましたけど、どうしますか?” という問いに対し、Mee医師は答えた。 “我々は断るのがあまり上手じゃないからね。”
デイビス医師と看護師のシャレル・マレックが病室に入ろうとしたとき、クリスティーナ・ホフマンの母親、ケリー・ホフマンはこの3ヶ月、全く微動だにしていないように、いつも通り、小さな娘のベッドの横でかがみ腰で、娘を見ていた。病室は光をかなり落としてあり、静かで暖かかった。ケリーは何も言わず、ただシャレル・マレックを見上げた。
“多分、、、、、” シャレル・マレックが言った。 “多分、、、、、何ですか?” ケリーの顔が曇った。 “心臓が出てくるかもしれないの。” シャレル・マレックは注意深く言った。いつも、多分、もしかしたら、であり、医療の世界では絶対という言葉は使えない。 “本当ですか?” ケリーは息が止まりそうだった。顔を手で覆い、言葉が出てこない。 “主人に連絡したほうがいいでしょうか?” “連絡してください” シャレル・マレックは答えた。
またもや、心臓専門看護師でありMee医師のシニアアシスタントを務めるマイクと外科医、モガ医師 (Dr. Frank Moga) は心臓をとりに飛び立った。今回の目的地は中西部の州だった。今回の飛行は順調に行き、午前2時前には、クリスティーナ・ホフマンの家族・親族でいっぱいのクリーブランド・クリニックのロビーのドアが心臓が入った真っ赤なアイスボックスを迎えた。
Mee医師は既に手術室で待機していた。クリスティーナの胸部は、Mee医師の前で開かれていた。Mee医師のシニアアシスタント、マイクが手伝うことになった。外科医、モガ医師が手術室に心臓を届けに入ってきたとき、Mee医師は訊ねた。 “立派な心臓かい?” 優秀な心臓だった。その心臓はすぐに動き出し、規則的鼓動を始めた。命の鼓動は、クリスティーナの長い人生の始まりである。Mee医師は、と言えば、午前4時半までにこの心臓移植手術を終わらせ、手術室から家へ仮眠に急ぐであろう。次の彼の手術を数時間後に待っている新たな小さな患者のために。
(終)
クリーブランド・クリニック、 クリーブランド・クリニック小児病院小児心臓外科へお問い合わせをお考えの方は、さくらライフセイブアソシエイツまでご連絡下さいませ。
2004年夏、さくらライフセイブアソシエイツ代表とMee医師との会議で、Mee医師は “日本の小さな患者様を是非助けて差し上げたい” と言っておられます。Mee医師は、鋭い中に、深く優しい目を持った存在感のあるお医者様です。また、Mee医師と共にクリーブランド・クリニック小児病院 小児心臓外科を作り上げた小児心臓外科Chairman (会長)、Larry A. Latson医師とも会談し、 “日本の小さな患者様を助ける力になりたい” と言っておられます。
さくらライフセイブアソシエイツでは、全力を尽くし、小さな患者様、そのご家族の力になりたいと考えております。