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さくら代表、朝日新聞出版AERAからご意見番としてタイ代理出産のインタビューを受ける ()

受精卵だけ「渡航」で男女産み分け
生殖資本主義と欲望の果て

「代理出産」は漂流する

(ライター:古川雅子/AERA 2014年8月25日号より抜粋)

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7月中旬、タイ政府はバンコク中の44の不妊治療専門クリニックに「手入れ」を決行した。そして7月末には、謝礼の支払いを伴う商業的な代理出産を「法的に取り締まる」方針を打ち出した。これまで、「野放し」に近い状態だったタイの代理出産ビジネスが、大きな転換を迫られている。 もともと、タイでは商業的な代理出産は認められていない。原則的に夫婦の血縁者が代理母になる必要があり、その条件に当てはまらない代理出産を行うのは違反行為とみなされていた。とはいえ、法律も罰則もなく、あるのはタイ医療協議会の会告(1997年と2002年)だけだ。 金沢大学の日比野由利助教授(社会学)によれば、これらの会告は、「いわゆるガイドライン」のみで、実際にはほとんど顧みられてこなかった。病院や業者のホームページでは、男女産み分けや代理出産、卵子提供などが大々的に宣伝されてきたという。

扱う体外受精は1年で700例
規制強化のきっかけは、オーストラリア人夫婦が、自分たちがタイで依頼した代理出産で生まれた男児の引き取りを拒否したとされることだ。

24歳日本人男性の事件のわずか数日前に飛び込んできたこのニュースを受けて、政府は取り締まりの強化を断行した。オーストラリア人夫婦は、タイ人の女性が昨年12月に代理出産した双子のうち、ダウン症候群の男児の引き取りを拒否したうえ、健康な女児のみを本国に連れ帰ったとして、世界中から批難を浴びた。

タイのメディアなどによると、代理母はタイ中部で屋台を営む女性で、妊娠中にダウン症だと分かった男児の中絶を迫られたが断った。

出産後、引き取られずに残された男児のガミー君を自ら育てている女性は、中絶を求められたことに対し、「『あなた方は本当に人間か』と問いかけた。(男児を)見捨てられなかった」と話した。

このガミー君の一件で、当局は請け負ったタイの不妊治療専門クリニックを閉鎖。地理的にタイへのアクセスもよく、依頼者も多いオーストラリアで波紋が広がっている。代理出産の支援団体「サロガシー・オーストラリア」によると、今回閉鎖されたクリニックには、オーストラリア人カップル約50組の凍結受精卵が残されており、その行方を捜査中だという。 日本人男性の依頼に関与していた「オール IVF センター」も、今回の騒動の後で閉鎖されている。年間700例もの体外受精を行い、ベテランのピシット医師は業界では知られた人物。外国人向けとしては最大手の不妊治療専門クリニックだった。

代理出産を含め、幅広く医療コンサルティングを行う「さくらライフセイブ・アソシエイツ」(本社ニューヨーク)の清水直子代表によれば、去年あたりから、「タイのピシット医師は、何かを発端に摘発されるのではないか」という憶測が代理出産に関わる人たちの間ではささやかれていたという。

「渦中の日本人男性は、ずっとくすぶっていた問題の火付け役になったかもしれないけれど、その温床となるような代理出産ビジネスのほころびは、もうだいぶ前から見え始めていました」(清水さん)

実際にオール IVF センターを訪れたことがある前出の日比野さんは、こう証言する。

「3年程前には、人も少なくがらんとした印象でしたが、今年の春に再び訪れた時には、待合室が満席でびっくりしました。代理出産向けのサービスが徹底して、顧客と顔を合わせないようにという配慮から、代理母が受診するフロアは別の階に設けてあるんです。今回は白人の姿もたくさんみられ、外国人依頼者が爆発的に増えているのだなと実感しました」

日比野さんが仲介業者から耳した話によれば、ここでは1日に30人もの代理母に受精卵の移植を行なっているとのことで、

「その実施数の多さには、驚くしかありませんでした」

多くは、貧困層の女性たちが代理母となり、先進国から渡航してきた夫婦と契約を結ぶのがアジアにおける代理出産ビジネスの実態だ。「生殖ツーリズム」とも呼ばれ、少し前まで一大拠点となっていたのが圧倒的に費用が廉価なインドだった。02年に商業的代理母出産を認める最高裁判決が出て、「金持ちの赤ちゃん工場」と揶揄されるまでに広がっていた。

だが昨年3月から、インドは代理出産ツーリズムの規制強化を徹底し始めた。すべての依頼者に「メディカルビザ(医療査証)」の発給を義務付けたのだ。代理出産を認めていない日本には代理出産に関する法律がない。インドへの代理出産渡航には「メディカルビザ」が必要になり、申請には、依頼者が籍を置く国からの代理出産依頼の書簡が欠かせない。日本政府はそれを発行しないから、日本人は基本的に、インドでの代理出産はできない。

ネット広告に「早めのご相談を」
さくらライフセイブ・アソシエイツの清水さんも代理出産のコンサルテーションを多数行っているが、彼女にとってタイでの代理出産は「アンタッチャブルな選択肢」。法律では禁じていないものの、すでに述べたようにタイ医療協議会の会告ははっきり「ノー」と謳っている。摘発されるというリスクを常に負うという理由からタイでの代理出産は一切行ってこなかったという。

「私たちは子どもが欲しいという切実な願いを持つ夫婦の依頼を受けています。そのクライアントがリスクを抱える可能性のある選択肢は、ありえないと考えました」

さくら社が代理出産を実施しているのは、米国内の代理出産を合法とする州などだ。新たな実施場所として、ネパール政府への問い合わせや、現地視察を進めているという。

欧米の会社は、タイでの代理出産に関するネット広告をどんどん削除している。だが日本語のホームページのなかには、政府の動きを逆手にとって、こんな一文を掲げる会社もあった。

〈もう残された時間は少ないようです 赤ちゃんがほしいなら 代理出産の決心がついているなら お早めにご相談ください〉

インドからタイへ、そしてまた別の国へと「漂流」する、代理出産ビジネス。依頼者も業者も、徐々に包囲網が狭まってきたという印象があると、日比野さんは話した。だが一方で、依頼者が渡航先に移動して全プロセスを行なうのではなく、代理母や卵子ドナー、受精卵のほうが移動を繰り返し、プロセスを断片化して行なう方法やネットワークが広がりつつある。

「大局的にみれば包囲網が狭まりつつも、実際にはタイでも今後、さまざまに抜け道が残るかもしれない」(日比野さん)

規制する側が、どんどん把握しにくくなっているのだ。

あくなき生殖ビジネスの「いたちごっと」の陰に、翻弄される命の存在があることを、私たちは忘れてはならない。