お問合わせはこちら

さくら代表2019年のご挨拶

Menu

最新医療リポート<代理出産6>代理出産の歴史(1) ()

代理出産医療コンサルタントである弊社にいただくお問い合わせ件数でトップ5に入る代理出産について説明しています。前回=4月6日号掲載、異性同士の婚姻関係にある夫婦の場合、どのようなケースが代理出産が必要であるかを説明しましたが、代理出産は、特に男性同士のパートナーのケースや、独身男性がお子さんを欲しい場合にも使用され、さまざまな人生の形に対応できます。しかし、7~8年前まで規制がほとんどなかったことから無秩序に行われていたことから混乱が起きたのも事実で、多くの国で、徐々に規制、法律が確立し、商業代理出産としては合法に依頼できる国が少なくなってきています。生殖医療の進歩によって可能な選択肢が増える半面、日々、社会の秩序を統制するためにも規制が徐々に成立し、利用が難しくなっていることも事実です。今回からは代理出産の歴史を振り返ってみることにします。

 

1978年に英国で体外受精からの初の赤ちゃんが誕生して生殖医療の歴史が始まり、1980年に米国の弁護士が初めて代理出産の契約書となるものを作成し、世に代理出産の概念を発信しました。1985年に代理母による初の妊娠が米国で確認されましたが、1986年の出産時に当該代理母が赤ちゃんを渡さない、という事件に発展しました。これが有名な”ベイビーM事件“です。当事者が居住するニュージャージー州における裁判では、代理母が法的な母親であるとした上で、依頼者である夫婦が親権を持つ、と判決を下しました。この数年後の1990年にカリフォルニア州でも、代理母が出産した赤ちゃんを手放したくないという同様の事件が起きました。依頼者が親権取得のために裁判を起こし、裁判所はこの申し立てを支持したことにより、代理出産の概念が正当化され、米国においては州によって規定は違いますが、報酬を伴う代理出産が合法となりました。今日でも米国が合法に、言い換えると安全に、代理出産を依頼できる場所であることは変わっていません。しかし、費用の面で、非常に高額であることが、特に外国人の一般の方々には手の届かないものにしていることは確かです。次回も米国の代理出産について詳しい説明を継続します。

(次回掲載は6月第1週号)

代理出産についてのご質問、ご希望をいつでもご連絡ください。